おわせの"早田"ぶろぐ > 早田の紹介
早田(はいだ)の地名由来
早田の風景



早田と書いてハヤタと読ます所は多いが、ハイダと読ます例はほかにない。ハヤタの場合は字の如く、早く稲が実る温曖の地という意味であるが、早田町には田が少なく、ハヤタではないようである。

全国の例をみるとハイダという地名は、拝田(大分県)、林田(岡山県)、止田(奈良県)などがある。

ハイはもともとハエで、ハエにはニつの意床があり、一つは小平地、もう一つは岩礁という意である。この二つの意味は今の早田町にそのまま当てはまる。
当地の方言として輝(ハエ⇒ハイ)、娃(カエル⇒カイル)、前掛(マエカケ⇒マイカケ)のように、工がイに変化する。また反対に岩(イワ⇒ユワ)、位牌(イハイ⇒ユハイ)、鰯(イワシ⇒ユワシ)ともなり、イとユは混同して使用される。
ハエダがハイダになっても別に不思議ではない。音があって、あとで漢字を当てるので、漢字そのものにはあまり意味がない。

早田浦に初めて人が住みついたと言われる所は、橋掛崎の湾口から少し湾内へ入った「人所」で、次が「木名・小ロ」だといわれる。小口には小石を積み重ねた古い形式の墓が残っている。

安政元年(一八五四)の津波で、早田浦は四○戸も流失したが、この津波より一四七年前の宝永四年(一七○七)の津波には、早田浦の被害は計上されていない。

他の浦村では相当な被害があったのに、早田浦に被害のなかったのは、現在のように湾奥に住んでいたのではなく、人所・木名・小口に住んでいたため、津波は素通りしたのであろう。


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尾鷲市早田町は熊野灘沿岸部の漁村で、大型定置網を中心とした漁業の町です。このロゴは尾鷲早田港で水揚げされた魚のロゴです。

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